魅力的だった高速増殖炉は事故続発で世界は見切りをつけた−2

  • 2011/09/20(火) 09:45:56

2.事故原因から考えた問題点
各国における高速増殖炉の試験運転中に起きた事故報告は37件だった。
この事故を我流でカウントするとナトリウム漏えい事故が15件、細管破損からもたらされた水とナトリウムの反応が10件、出力異常が4件、燃料棒破損3件、細管大破損2件などであった。

高速増殖炉に関する50年に及ぶ開発の歴史にも関わらず、各国で、また同じ炉で同じ事故を中心に繰り返していた。ほとんどの国で2ステップ段階の臨界に成功しても、その頃になると成功した筈のワンステップ段階の実験炉でナトリウム洩れなどの事故が起こってしまうことがわかる。

このことは、核燃料の問題というより、500℃以上の高温液体状態の金属ナトリウムの流体力学的特性と配管の金属材料工学の疲労性の知識がまだ不十分なことを示唆する。

原子力発電設備を動かす前にまず運転時の温度だけでなく更に高温度(600℃、700℃)とか窒素ガスの泡が混じった場合、微量な不純物が混入した場合(特に配管材料に混入している微量成分が液体となった金属ナトリウムに溶出した成分)などにおけるテストも必要であろう。また高温度金属ナトリウム(超微量な水分でも長い間には強アルカリ性になると想像する)による配管の径年劣化の具合を完全に掌握する必要もあろう。

高速増殖炉の設備を作ったら、すぐに核燃料を注入するのでなく、核燃料のない状態での金属ナトリウムに関連した基礎データを徹底的に収集すべきと思う。またどれくらいの地震震度に耐えられるかも核燃料のない状態で検証し、震度9まで耐えられる確認も必要であろう。

何故かくも厳格な検査が必要かは、下記するように高速増殖炉は軽水炉に比べ非常に暴走(核爆発)し易いことによる。

核分裂の速度が軽水炉の250倍も速いため非常に制御が難しい。瞬時に手がつけられない状態になる。 たとえば軽水炉が4時間10分で限界点に達するならば高速増殖炉では1分しかないことを意味する。
1分では電話で連絡する暇もないであろう。従って現場責任者に全権が与えられなければならない。<アメリカにおける実験炉で温度係数測定実験を行っていたところ、温度係数がプラスであったため出力が急上昇、緊急停止操作がわずか2秒遅れたことによって暴走爆発した例もある。>

更に原子炉を停止できるブレーキも制御棒だけしかない。一方、軽水炉では制御棒の他にホウ酸を注入(福島原発事故でも繰り返し投入した)して核分裂を止めることもできる。

また、高速増殖炉は500℃以上の高温で運転しているため、熱膨張に適合するためステンレス棒は軽水炉の10倍もぐにゃぐにゃ曲げられていて、地震に極めて弱い構造になっている。

また水と異なってナトリウムが洩れ事故が起きても、危険過ぎて人間は近づけない。

上述の理由により、地震国でなくても、先進諸国が高速増殖炉の開発を断念したのは当然のことのように思われる。
<引用はご自由に>

魅力的だった高速増殖炉は事故続発で世界は見切りをつけた−1

  • 2011/09/19(月) 11:23:26

プロローグ:ウランを原料とする原発の最大の弱点は燃焼後発生するプルトニウムを初めとする大量の放射性廃棄物であり、ウランからプルトニウムというワンステップしかない燃焼効率の悪さだった。

上の2点の欠点は高速中性子を利用しながら核燃料の増殖を行える高速増殖炉{英語でFast Breeder Reactorというのはペットのブリーダーように繁殖する意味}を使えば解決できる。原爆技術から原発への利用を考えた時、第一に考えられたのが高速増殖炉の開発だった。

しかし、半世紀を超える先進各国の懸命な努力にも拘らず、原子力発電の開発段階の5ステップ(実験炉、原型炉、実証炉、商業用実証炉、商用発電炉)ある中で3ステップまで達したのが最高到達点であった。結局、後から開発された軽水炉が現在における原子力発電の主流となった。

先進諸国における半世紀に亘る開発において、類似の事故が多発した結果、先進諸国は見切りに至った。各国の状況、事故の理論的問題、今後の動向に関して分量の関係で分割して述べる。

1.各国の状況
アメリカ:1946年、世界で初めて臨界を達成した「クレメンタイン」をはじめ、7基の実験炉を作った。1982年 原型炉着工も、プルトニウム拡散防止政策のため、83年計画を中止した。
ところが、その後の運転中の実験炉において相次ぐ事故が発生した。
1994年、クリントン政権は莫大な研究開発費を投じても、商業炉として採算が採れる見込みがないと判断して、高速増殖炉を含む核燃料サイクルの研究・開発の中止を決定した。始める決断も最も早かったが、諦める決断も最も早かった。といっても48年間もかかっているが。

イギリス:1959年に臨界に達した実験炉DFRは、その後燃料破損事故やナトリウム漏れ火災事故を起こし、本来の増殖炉としてではなく、照射試験に利用された後廃止された。
ついで、1974年に臨界に達した原型炉PFRもナトリウム漏れ火災事故を繰り返した挙句、1987年には蒸気発生器細管の大破損事故起し、アメリカに次いですぐ94年に中止を決定した。

フランス:世界で唯一、開発の第3段階である実証炉スーパーフェニックスを建設した。
しかし、その運転実績はいずれも事故の連続で惨憺たるものだった。スーパーフェニックスは、85年の運転開始後、ナトリウム漏れ火災、ナトリウムへの空気混入等の事故を繰り返したので中止に追い込まれ、「高速炉の工業的発展は2050年より先に持ち越される」との結論をだし、事実上撤退した。
代わりにかMOX燃料を使ったプルサーマル型に後退した。

ドイツ:実験炉KNK-兇1985年に臨界に達したが、事故を繰り返しながら結局照射試験炉として使われ、91年に閉鎖。
原型炉SNR-300が1985年に完成したが、市民の激しい反対運動や研究者のさまざまな危険性の指摘などを受けて州政府が燃料装荷を許可せず、膨大な費用をかけて建設されながらついに1991年、連邦政府が開発中止を決定した。最終判断は、万一炉芯の損傷で核爆発反応が起こった場合のエネルギーが過小評価されており、実際は炉が耐えられないという専門家の指摘だった、ついに運転されることなく廃止されたSNRー300は、その後民間会社に引き取られ、核開発の負の遺産の標本として多くの見学者を集めているとのことです。

中国:数日前のブログをよんでください。

日本:1972年実験炉「常陽」が完成し、1994年原型炉「もんじゅ」が臨界に達したが、ナトリウム漏えい事故により現在発電はしていません。

除染対策は放射線量、地質、経過時間により変わる

  • 2011/09/17(土) 08:51:49

農水省は9月14日、農地土壌の放射性物質除染技術の開発の取組について、これまで得られた研究成果をとりまとめ、地目や放射性セシウム濃度に応じた農地土壌除染の技術的な考え方を公開した。

「基本的な削り取りでは、約4cmの削り取りで土壌の放射性セシウム濃度は10370Bq/kgから2599Bq/kgへと約75%低減できることが確認されたので最も効率が良いとあった。」

当たり前であって、こんなことは数日で確認できてしまうので、直ぐ始めて1年以内に全てを終わらせなければ、今回の成績は使えない。何故なら、セシウム層は一定速度で沈下するので1年も経ったら倍の深さまで掘らなければならず、倍の労力と汚染土が出る。すぐに適地を見つけ、明日からでも作業を始めなければならない。何年も経ったら使えない方法である。

一方、「ヒマワリは植物体地上部生重当たり52Bq/kgで、単位面積当たりの吸収量は、作付時の土壌の放射性セシウムの約1/2000であり、効果が小さいことが確認された」とあった。

1/2,000ということから元の放射線量を計算すると104,000Bq/kgということになる。こんな高線量のものを想定したのかと、元来低線量土壌向きでなかったかとも思った。またヒマワリは1m以上の高さにもなることから根は相当深いような気もする。従って、2,3年経って根のところにセシウムが沈下する頃が最適な効果を発揮でき、今年は表面すぎて吸収されないような気もする。

またカリウムの豊富なところか不足した土地かでも変わるが、またチェルノブイリでは湿地だったような記憶もあるので乾燥か湿気のある土か、さらには土のアルカリ性か酸性によっても変わるはずと思う。
チェルノブイリでヒマワリを植えることを提唱したのは日本人農業技術者との記憶もある。この方法を棄却する前に、そういう方々ともう一度議論すべきと思った。
以上のことは新聞に詳しい記載がなかったので書いたので、書くに及ばないことも結構含まれているかもしれない。

次に私の今思い浮かんだ除染対策案を書く(思いついた時追加修正します)

●放射性物質の降下(fall out)した放射線核種と量を測定すること。事故直後だったらヘリコプターとか飛行機で良かったが、今となっては政府がやっていたような土を掘り起こして図る方法で良い(従って数は限られるが)が、放射能層は地表からどれくらいの速度で沈下するのかとか、セシウムだけでなく、除染作業をする箇所のストロンチウム、プルトニウム、キュリウムは最低限測定されなければならない。この時、付随して土壌の地質も調べなければならない、酸性(この場合セシウムは溶ける筈)かアルカリ性とか粘土質か有機質(この場合セシウムは移動しにくい)、土壌中のカリウム濃度

●上記の結果に基づき、除染作業対象の設定:高汚染地域は無理のような気がするので、中程度汚染地域以下になると思う。
自治体との協議を早急に進め汚染方法と地域の設定を早急にすべきだ。

●汚染場所の指定、汚染土の保管は国際ルールに基づいてすべきである。

●除染作業員用の防御マスク(N99レベル?)と除染作業に伴う健康上の注意マニュアル作成

海外の高速増殖炉開発ニュースを流すメディア

  • 2011/09/16(金) 21:53:37

今月になって産経新聞は2ケ月遅れの中国の小さなニュースを「中国初の高速増殖炉が送電に成功」とあたかも中国で高速増殖炉の開発が進んでいるような、印象を与える記事を載せた。
高速増殖炉の商用までの過程には5ステップあるが2ステップの実験炉が昨年成功した。その電力を7月になって外部電源網に繋いだだけだった。従って、今回の報道は街の電気工事屋並みの些細なニュースと思う。

高速増殖炉の実用化までには後3ステップで必要であり、続行したとしても実用化は30年くらい後かと想像するが、私はこれで打ち止めになると思う。金属ナトリウムを高温にして液体状態にし、極めて反応性に富む(わずかな水とも激しく反応)物質の制御が如何に困難かという問題もあるがもっと別の大きな理由がある。

今年1月中国科学院が中国の“戦略的・先導的科学技術特別プロジェクト”としてトリウム溶融塩原子炉の開発プログラムを発表した。
このプロジェクトの責任者、中国科学院、上海応用物理研究所の徐洪傑は次のように述べた。

「現在の原子力エネルギーシステムはウラン-235 を燃料としているが、その埋蔵量は少なく、石油・石炭など化石燃料と同時期に枯渇が懸念されている。将来のエネルギーの柱をトリウム原子力発電にすれば、中国にあるトリウム埋蔵量だけで1000年使用でき、十分な電力供給と炭酸ガス排出削減の両立も可能となる。」

因みに1トンのトリウムは200トンのウランあるいは350万トンの石炭と同じエネルギーを発生させる。

ウイキぺディアによれば、トリウムは転換(増殖)できるため燃料の減りが少ない。溶融塩炉で利用した場合、気体核分裂生成物を運転しながら抜くことができるため、一次系の溶融塩中の核分裂生成物が増えて中性子を吸収するまで長く運転できる。溶融塩原子炉との組み合わせは、燃料交換なしで最大30年連続運転が可能と言われている。したがって燃料交換回数が減り、再処理工場の処理量を減らすことが可能となる。

プルトニウム発生量は、年間100万kwのウランを使う軽水炉で約230kgに対して、トリウムは約0.5kgである。このように廃棄物中のプルトニウム発生量が少ないため、核兵器に転用するのが困難であり途上国への導入も期待される。

脱原発に踏み切れない本当の理由は核抑止力なのか?

  • 2011/09/15(木) 20:59:04

福島原発事故によって、日本の原発では大事故は絶対起こらないという安全神話が崩れ、原発はクリーンなエネルギーという神話も崩れた。更に原発は安いという神話も有価証券報告書の分析から高コストが証明された。原子力発電所の稼働率が低い状態に陥っても夏のピークの電力消費ものりきることができた。

そのため、大事故の危険性があり、放射能汚染をまちきらし、安くもないならなぜ原発を利用しなければならないのか多くの人が疑問を持つようになった。

そこで登場してきたのが、従来表面に出てこなかった核抑止力説である。
読売新聞は今月になり、社説で日本は原発により大量のプルトニウムを保有でき、今や核抑止力になっていると述べた。

この論理は核の脅威を相手国に与える核爆弾備蓄競争に通じ、米・ソの冷戦構造の再現を目指す方向である。冷戦終結後は米・ソはお互い少しずつだが減らす方向で歩んできた。この流れに逆行する動きはとても正気な人間の考えとは考えられない。

広島原子爆弾における莫大なエネルギーにも拘らず質量欠損は1gにもならなかった。この質量とエネルギー等価の理論を考えたアインシュタイン博士にあるヒトが第三次世界大戦はどのようになるか質問したところ、彼はどのようなものになるかわかりません。しかし、その後の戦いなら自信を持って予言できます。
それは石と棍棒の戦いになるでしょうと答えた。

核の恐ろしさを知っていた彼は全面核戦争となれば、現人類の滅亡はさけられないと考えたことにあると思う。
アインシュタインのこの予言を私たちは重く受け止めなければならない。

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